未亡人
お相手は4つ下の他部署にいる未亡人子さんで、2年前に旦那が亡くなっています。
前から気になっていたのですが、きっかけは半年前の社員旅行で、隣に座ることとなり、なんだか話が合って2次会も楽しく過ごしました。
そのときは、そのまま「また今度飲みにいこうな」と言う感じで、終わったのですが、1週間ほど後で「週末、飲みに行く」と誘ったら「」と言うことになりました。
彼女はどんな感じかというと、自称155/85/58/88で、まぁ実際に嘘でない感じのスタイルが良い細身熟女です。
見た目は30代半ばで通る、ちょっと可愛い感じ+熟女の色気ありです。
週末になり、夜景が綺麗に見えるちょっと小洒落た店を予約して行きました。続きを読む
お相手は4つ下の他部署にいる未亡人子さんで、2年前に旦那が亡くなっています。
前から気になっていたのですが、きっかけは半年前の社員旅行で、隣に座ることとなり、なんだか話が合って2次会も楽しく過ごしました。
そのときは、そのまま「また今度飲みにいこうな」と言う感じで、終わったのですが、1週間ほど後で「週末、飲みに行く」と誘ったら「」と言うことになりました。
彼女はどんな感じかというと、自称155/85/58/88で、まぁ実際に嘘でない感じのスタイルが良い細身熟女です。
見た目は30代半ばで通る、ちょっと可愛い感じ+熟女の色気ありです。
週末になり、夜景が綺麗に見えるちょっと小洒落た店を予約して行きました。続きを読む
ぼくは母の寝室のベッドで下半身を裸にしたままだった。
ペニスにはまだ母のパンティがまきついている。
メールをあけた。
「5回目の浣腸でママのお尻の穴はすっかりやわらかく開きました。ご主人様たちのおかげで浣腸が大好きになりそう。毎日浣腸のおねだりをしますって約束したのよ。お外でも浣腸して、それからお尻の穴に悪戯していただきたいわ。春男さんにもママのお尻の穴がどんなにやわらかくなったか見てほしいわ」破廉恥な文だった。
画像が添付されていた。
全裸のママが映っていた。
首には犬の首輪が装着されている。
ママは、正面を向いてしゃがみこんでいた。
しかも足を開いた格好だ。続きを読む
台風6号の影響か・・・風は、まだかなり強い。
昨日の37.3度と打って変わって・・・今日はかなり涼しい。26?27度くらいか。
少し温い温泉に浸かっても汗が余り出ない。湯から上がって強い風に当ると少し寒いぐらいだ。13時過ぎに入ったが・・・男湯は内湯も露天も誰もいない。女湯も音がしない。
一番奥の座敷で熟女達の話し声が聞こえた・・・ここはとある温泉の立ち寄り湯。
月に最低でも1度は温泉に入りに来ている所だ。古い日本旅館なのだが泊まれる部屋は5つしかない。こじんまりとしているが中々風情があって・・・特に露天風呂が良いのだ。
源泉掛け流しで、すぐ側を有数の一級河川が流れていた。川幅はかなり広い1Kmはないと
思うが・・・若い人には人気がないが、中高年には魅力的だと思う。
妻とは2回泊まった。妻も気にっている。この日、妻は月に一度の趣味の集いがあって出掛けたので・・・思い立って来てみたのだ。この宿の面々とは顔なじみだった。
川下りの船が横切って行った。下りは追い風で早いがUターンすると強いアゲンストとなる
為進みがかなり遅い。いつもの船より大きいエンジンが2つ付いていた。風が強いからか
船客はまばらで6?7人だ。湯船の中の大きい岩の上に座る。足を広げて・・・股間はまる見えになるが・・・船客は誰もこちらを見ていなかった。汗がすぐ引いて少し寒い、湯に入ろうとしたら・・・また船が・・・今度は通り過ぎず目の前でUターンし始めた。
船客はさっきより多く10数人いる。ほとんどが女性熟女ばかり・・・向きを川上に・・
・・距離はかなり近い。顔が確認出来る程だ。こちら側に座っていた客と目が合った。
股間の物も確認出来た様だ。手を振ってくる熟女が2人いた。
うつ伏せになって腰を伸ばしていると、入り口の木戸の下の隙間から一人こちらに向かっ
性行為について、私は、母が持っていた月刊誌で、大人の男と女の間には、凄く良いものがあるらしいということは知っていた。しかし、それが何かは知らなかった。どうして、男と女が夢中になるのかなど、知る由もなかった。そんな中で見たことである。書き終わってみて、その様子をよく記憶しているものだと思う。続きを読む
そう母に告げて、僕はボストンバッグを抱えた。
母は玄関まで見送りに出た。もともと寂しげな面立ちなのだが、その日の母はいつもより気持ちが沈んでいるようで、内心の陰りが表情にあらわれていた。
線の細い身体が普段にもまして細く見えた。
「気をつけてね。何度も言うけれど、ひとり暮らしだからといって、不規則な生活をしたら駄目。食事だけはきちんと取って」
「わかってるよ」と僕は言った。
「母さんだって、ひとり暮らしは初めてだろう? 息子としては心配で、心配で。食事だけはきちんと食べなよ」
わざと冗談めかしたような口調で言ったのだが、あいにくと母はジョークの分かる性格ではない。
ぷいっと横を向いて、「あなたといっしょにしないでちょうだい」と怒った声で答えた。 続きを読む
「あいかわらず、ひどい言い草ですな」
洋治さんは布巾でグラスを拭きながら、悠々とした口調で応じた。
「一通り会話がすんだ頃合で、ふとマスターが女に耳打ちした。女は途端に真っ赤になった。おどおどしたようすで、哀願するみたいにマスターを見るんだが、この人は冷たい顔で見返すだけさ」
太った男はくくっとわらった。
「それで、とうとう女も諦めたようだった。さあ、これから何が起こるのか――。おれたちが唾を呑み込んで待っていると、女は今にも泣きそうな顔で『あの…これから余興に歌をうたいます。下手な歌ですけれど、よかったらお聞きになって』と言うんだ」 続きを読む
この文は、私が初めて見た性行為の様子を書いたものである。私は9歳で、性行為の何たるやを知らず、目の前で母が男と交わった様子を見ていたのに、しばらくすると、その事すら忘れていた。それが59歳になって、その時見た様子が、突然、鮮やかによみがえった姿を纏めてみたものである。
性行為について、私は、母が持っていた月刊誌で、大人の男と女の間には、凄く良いものがあるらしいということは知っていた。しかし、それが何かは知らなかった。どうして、男と女が夢中になるのかなど、知る由もなかった。そんな中で見たことである。書き終わってみて、その様子をよく記憶しているものだと思う。
終戦になり、父が戦死したことが分かると、たくさんの男たちが、美しい母との性の交渉を持ちたがって擦り寄ってきた。私の周りでは、性交渉を「まんじゅう」と言っていた。はるか年上の男達から、一度だけでも良いから母と「まんじゅう」をしたい、させてくれと言ってからかわれる事が屡々あった。戦争未亡人達が次々に男の腕になだれて抱かれていく中で、ただ独り、母はさせてくれない女であったのだった。特に、男達の誘いに乗らないで頑張ろうと申し合わせていた未亡人達が、足を開いて抱かれてしまうことを残念がっていた。膝を開いて受け入れたらしいと言う表現で祖母と話して、子供の幸せよりも自分の快楽の道を選択したと悔しがっていた。
そうした餓えた男達が、私達、子供をも巻き込んで、あの手この手の激しい誘惑が毎日繰り返し続く中で、1950年になって、最後に母が選んだのは、同じ職場の中川という妻子ある男であった。母は、私達が傍で見ている状況のままで、その男と初めてのセックスをした。中川の優しいセックステクニックが母を夢中にさせ、巨大な陰茎が忘我の喜びに導き、愉悦に浸らせていたのであると思う。それ故に最初の時を、母は、私達子供を忘れてありのままを見せることになってしまったのである。その時、私達の事も全て忘れて性の喜びに浸り没入していた。
今考えると、 私は、母がしているその事の意味するものが分からないままに、ひたすら見ていたのである。眼前で母の秘毛で被われた秘部が、中川の陰茎によって、次第に押し開かれて、限界まで開いた小陰唇が、亀頭をくわえ込むような感じで含んで赤く膨れきると、母は、待ちかねていた物を、ついに得た喜びで、「あぁ、うーーーん。」と、大きな呻き声を上げた。一旦力が抜けてから、力の入った声に変わった。すると、押し開らかれていた筈の母の秘部は、その陰茎を、逆に飲み込み始め、くねくねという感じで腰をふるわせた。膣の口に亀頭だけを填めた形で、すぐに奥まで入れようとしない中川に、更に誘うように腰を振るわせながら、持ち上げて、何度も喘ぎながら、「ねぇ。もっと奥まで入れて。」と、声にならない掠れたような低い声で、中川にせがみ、「あーーーぁ」と悶えながら、後ろの中川の姿を、うっすらと開けた目で、何度も振り返って、見上げていた。
毛に覆われた根元まで飲み込んでいき、陰茎の全てを、身体の奥深くまで受け入れた時、大きく「うーーーーん、入れてしまったのね。私。」と、呻き、中川に嬉しさを訴えて、切なさそうに「あーーぁ、うーーん。」と、長い、呻き声を上げた。中川が母の尻に固く抱きついていた力を緩めて、陰茎を引き抜いていくと、きつく絞めていたらしい膣と、小陰唇の内側の肉が捲れて、引き出され、赤く見えていた。母は、中川の動きを感じて、受け入れた陰茎を抜かれまいとして、更に腰を上げ、反り返りながら「抜かないで。」と甘え声で哀願していた。
子供が、傍にいることさえも忘れた素振りで、中川の陰茎を根元まで受け入れて、押し寄せる感覚に夢中になってしまっている母の様は、今まで見たことのない母の姿であり、全てが美しく思えた。男達からの露わな性交の誘いを、気に留めず、堪え続けていた母が、中川の逞しい陰茎を見て、堪えようとした心の堰が外れて、性交の欲望が噴出して、自分から中川の胸に飛び込んで行ったとき、全てが始まったのである。
この時の私は9歳であったので、性の欲望を持つ前の、純真な時期の私であったので、目の前の行為を目をそらすことなく、目撃する事が出来た。母に対する中川の扱いは、いたわりと、優しさに満ちた性交渉であり、大人になって考えても、なお感動ものであった。この後、完全に忘れていたが、感動だけは残っていたようである。だから、何故その様な記憶があるのかと不思議に思っていた。
中川は、全ての動作を、母が、父が出征した日以来、5年振りに味わう、性の快感を思い起こさせ、味わい尽くさせようとするかの様に、優しさに満ちていた。私自身、人間の性行為というものを見たのは、川尻の海岸で、母が中川と交わる姿を見たのが始めてである。すぐ目の前であったし、行為が進むに連れて引き寄せられるように近づいたこともあって、海岸の潮騒以外は音がない静寂の中で、喘ぎを含む会話や、性器が擦れ合う微妙な音も、膣から引き出す陰茎の水が切れる音も、全て聞こえており、性行為の進展につれて、母が、中川の愛撫の全てを受け入れて、反応し、自分から股を開いて、中川の肉体を受け入れ易くしていく様子の、全てを見ていた訳で、その後になって、学校で、豚の交尾が行われたり、他の子供達が、犬や豚など、動物の交尾を見て、興奮するのにも、私は冷静で、反応しなかった。
口に出して言うことはなかったが、人間の陰茎はもっと逞しく、性交渉では、男性は、もっと優しさに満ちて、女性の喜びも、遙かに凄いものだと思っていた。荒々しいだけで終わる、犬や豚など、動物のものと比べられるかと思て、動物の交尾くらいで興奮する同級生達が、浅ましく見えた。しかし、この時は、母と中川が目の前で見せてくれた性行為の所為であることは、忘れていて、思い出すことはなかった。
母は、この性行為の前の晩に、「お母ちゃんを助けて欲しい。中川から、明日は川尻の海岸に魚を獲りに「潜り」に行くので、一緒に行こうと、誘われている。今まで世間で噂されているような、中川に「まんじゅう」をさせたことはない。お父ちゃんとあなた達のことを、大事にしたいから、他の男とも、「まんじゅう」をしたことはない。私は、貴方には、秘密を一切持たないように努めてきたから、貴方が知っている私が、私の全てなの。これだけは神に誓えるよ。信じて欲しい。明日のことも、断り続けていたけれども、どうしても、一緒に行こうというので、断れないでいる。二人だけで行くと、「まんじゅう」をしたいと求められた時、する事を断れなくなってしまうと思う、だけど、しないでいたいから、お母ちゃんを助けると思って、一緒に行ってくれ。」と語った。
それまでにも、母と中川が親しくなっていて、「まんじゅう」もしている仲だという話は、耳にしていた。その事を、悪ガキ達の間でも話題にして、私たちは、「まんじゅしごろ」と、囃し立てられたりした。だから、冒頭に書いた話も、男達から、からかい半分に求められたものなのである。屈辱の言葉に、我慢で耐えていた。母を信じていたからである。
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