―――解説この作品は現実で盲目者である主人公が、家族や学校での触れ合いによって少しずつ癒されていく実話を、作品風に改変したものです。
表現等に多少の変化はありますが、実際の体験は全て以下の通りになっています。
なお、これを記述しているのは、養護学校時代の同級生で、作中でカナキと呼ばれている男のことです。
第一章:異端と盲目朝日が眩しく感じる事も無い。
網膜に直接光が映し出される事もない。
―――世界は、灰色なんだ幼い時から、無意識にそれを自覚してきた。
自分が他者と違うという事を理解し、常に一線を引いて接してきた。
盲目というのは、生まれた時からそうだった人間にとっては障害ではない。
それが“当然”であるのだ。
―――世界は、灰色なんだ中学に上がった頃、教師の話を必死に聞いて何とか授業に付いていけた小学校までとは違う、圧倒的なレベル差。
英語という日常に存在しない乖離体。
―――世界が優しくない事を、初めて知った俺は家に篭るようになった。
両親も貴もも、誰もそれを止めることは無かった。
教師は形式的に家を訪ね、学校に来るように説得しているらしいが、きっと本心では無いのだろう。
俺のような異端者に対して、良い感情を持っているはずはない。
俺が引き篭もって1年ほど経った5月の初旬。
父親に呼び出された俺は、リビングのソファーに腰掛けていた。
実際にソファーを見たことは無いのだが、それがふわふわして心地よいものであることは理解出来る。
「なあ一哉。お前が盲目で、普通の学校に行くのが辛いのはよく分かるんだ。けど、父さんはお前に学校に行ってほしい」「何度も言ったはずだよ。異端者の俺が居れる空間なんて、あそこには無いんだ」父さんはそれきり黙りこむ。
父さんは非常に優しい人で、俺の事を常に親身に考えてくれた。
盲目というハンデを苦にしないように、小学校の時に必死に俺に勉強を教えてくれたのも父さんだ。
「一哉、お前養護学校って知ってるか?」養護学校
身体、精神に障害を持つ子供達が“入所“する場所。
俺を保つ最後の支えを粉々に砕いてしまう悪魔の住まう場所だ。
「ああ・・・けど、養護学校だけは行かない。いや、行けない」「何故だ?養護学校なら同じ悩みを持つ子だってたくさんいる。きっとお前にも本当の意味での友達が出来るはずだよ」―――友達なんて、いらないそれは俺が小学校の時に立てた誓いだ。
所詮、盲目という異端を背負った俺に親しく接してくれる人間などいなかった。
そこにあるのは同情と憐憫と見下しの感情。
「俺は友達なんていらない。俺が邪魔なら、今すぐにでも俺を捨て―――」―――そのとき、父の顔が一瞬、酷く歪んだ気がした。
目は見えないはずなのに何が起きたのか、一瞬理解できなかった。
自分が胸倉をつかまれて、思い切り殴られたのだと理解するのに多少の時間を要する。
「・・・何をする」「友達がいらないなんて言うなっ!人が1人で生きていけるなんて思うな!お前は弱い、弱いんだ!誰かに助けてもらわなくちゃ生きていけないか細い存在なんだ!」父の吐き出す呪詛の言葉が、俺の心臓を抉るかのように傷つける。
なんて、なんて痛いんだ。
体には傷ひとつ無いのに、何故こんなに痛いのか。
「・・・ごめん」思わず、謝っていた。
自分でも理由は判らない。
「いいんだ。それでだ、実はもう養護学校への入学手続きを済ませてある。明日から早速行ってもらう事になるが、大丈夫か?」「・・・やるだけ、やってみるよ」ここで反論しても、なんら意味は無いだろう。
だったら、実際に行って、そして自分を保てば良いだけだ。
「少し疲れたからもう寝るよ。詳しいことは明日説明してくれ・・・」既に把握した家内空間が、少しだけあやふやだった。
*翌日*それからはもう唐突だった。
父から新しい制服だと手渡されたそれを、が着付けしてくれた。
「お前の再出発なんだから、ツンツンしないで素直にやれよ」と言ってくれた。
出発間際に顔を合わせたからは、「・・・頑張って」という一言だけだった。
けど、家族が俺を心配してくれているのは良く理解出来た。
「・・・ありがと、行ってくる」父の車に乗せられて、家を出た。
―――養護学校―――車の停車音が響き、振動が止まる。
家を出てから1時間ほど経っただろうか。
車を出るとその空気は都会のものとは全く違う綺麗に澄んだ空気で、俺の心を少しだけ満たした。
「此処が今日から一哉の通うK(仮)養護学校だよ」父がそう言った施設を見ることは叶わないが、それがとても大きな施設だという事は分かった。
4,5階建てだろうか。
風が遮断され、少し気分が悪くなる。
「ようこそ、いらっしゃいましたね。私が校長の茂原です、よろしく」突然、中年のような声に話しかけられた。
その中に“校長”という単語があった事を理解し、慌てて態度を整える。
「始めまして。二条一哉です。不束者ではありますが、よろしくお願いします」俺が丁寧な挨拶をすると、何故か“校長”は苦笑いを浮かべたようだ。
心なしか、父さんも同じようなかんじだ。
「一哉君。まずは日本語のお勉強・・・不束者という言葉は、普通は嫁入りの際などに使う言葉ですよ」「あまり入学挨拶で使う言葉では無いですね」父さんと校長は、大きな声で笑いあった。
なんだか無性に悔しい気分だが、そこは我慢する。
「では早速クラスの皆に紹介しますので、こちらにどうぞ」校長の先導に従い、俺と父さんは校舎の中へと入った。
校舎の中は以外にもボロかったらしい。
床は歩くたびに軋み、ミシミシという音をたてている。
なんだか木独特の匂いが充満していて、まさに大自然を感じさせるものだった。
「あー・・・教室に入る前に、一つだけ警告がありました」「何ですか?」俺が聞き返すと、校長は神妙そうに咳払いをして、こう言った。
―――神崎未来を、絶対に泣かせてはいけませんよ神崎未来。
その名前が後の人生において最も大事な人となるなんて、その時は想像も出来なかった。
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