今、嫌悪する気持ちに堪えながら思い返してみて、その気持ちとは逆に、身体の反応は別だった気がしてなりません。
拒否の言葉を口にしていたとしても、身体は拒んではいなかった。そのように思えるのです。

思い出したくない記憶、でも忘れられない記憶。
キーボードで記憶を文字にしても、今回はなかなか心の中がすっきりとしませんでした。
30日とこの土曜日のことは、記憶から消せない、そして決して夫には知られてはいけない出来事なのです。

次の日は朝早く目が覚め、掛け布団は身体の上にかけられていて、横では息子が寝息を立てて目を覚ます様子もありません。
息子を起こさないようにベッドから出ると、何も着ていないにもかかわらず肌寒い空気がむしろ心地よく感じました。

ただ、真っ先に気付いたのは、昨夜の出来事を認識したくない私に、それが本当に起こったことなのだと教えるかのような、内股に感じる精液が乾いたごわつきでした。
すぐさまシャワーを浴びました。
そして、昨晩のことを記憶から消そうと努力しました。

しかし、シャワーの後にリビングに入ると、私の服や下着が散乱しており、ストッキングにいたっては破れて部屋の端に投げ捨てられていて、忘れようとしている記憶が逆に鮮明に思い出される始末です。

何から手をつけたらいいのかわからないまま、冷蔵庫から出した緑茶に口をつけて初めて喉の渇きを感じ、今度はそのお茶を続けざまに飲んだせいか、バスタオルを巻きつけただけの身体が冷めで寒く感じ始めてきました。

渋る気持ちを奮い立たせ、着替えの衣服を取るためにためらいながら寝室に向かいました。
やはり、すでに息子は起きていました。
暖房が入っていない部屋で、ベッドの上に裸で胡坐をかいて、いかにも今起きましたという顔をしています。

その時の私は、いったいどんな顔をして、どんな表情で息子を見ていたのでしょうか、自分でもわかりません。
息子は何かばつの悪そうな表情にも見えるし、ふてぶてしくも見えます。
二人の間には言葉にできない深い沈黙が漂っていました。

「お願いだから、もうやめて」。私が、これだけの言葉を口にするのに、どれだけの思いが頭の中を巡ったことか。
「お願い」、と再度口にした時です。突然電話からメロディが流れ、いいタイミングとばかりに近くにいた息子が受話器を取りました。
すると、「パパ?」と言う声。夫からの電話のようです。

手を伸ばして受話器を受け取ろうとすると、息子は背を向け夫との話を続けます。
そして、「来月15日に帰ってくるってさ」と言うと、受話器を私に渡し部屋から出て行きました。
まさか夫は、夫婦の寝室で裸の息子が電話に出たとも、私がバスタオル一枚だとも知らずに、明るい声で「やっと帰れる」と受話器の向こうで言っています。

ちゃんとした受け答えができないまま、夫はまだ仕事中だからと電話を切りました。
切れた受話器を持ったまま、理由がわからず私は泣いてしまいました。
その日の私は、ほとんどを寝室で過ごし、リビングはもちろんのことダイニングやキッチンにすら立ち入りませんでした。

食欲もなく1日を過ごし、外が暗くなった頃、寝室を出ました。
そこで、暗い廊下に出て、初めて息子が家にいないことに気づいたのです。
あんなことがあったのに、いないとなると気になってしまいます。
この後、どういう態度で息子と向き合ったらいいのかわからなくなっているのに、いつ出かけたのか、どこへ出かけたのか、意味もなく不安になってしまいました。

そんなところに、コンビニの袋をぶら下げて息子は、何事もなかったように帰って来たのです。
「お腹すかない?ママ」。顔を合わせてすぐに出た息子の言葉でした。「おにぎりや弁当を買ってきた」。
息子の態度がいつもと変わらず、私の困惑した思いを払拭しました。
それでも、はっきりさせておかなければいけないことがあります。
息子が買ってきた食事を二人で、これまでと同じように普通に取った後、母親として口を開きました。

「来月にはパパが戻ってくる。それが理由じゃないけど、昨日のようなことは最後にして。やってはいけないことだから」と。
たぶん、もっとたくさんの言葉を話した気がしますが、最後でもう終わりにして、ということを強調していました。

すると、思わぬ答えが返って来たのです。「最後にするから、ラブホテルに行ってみたい。そこで最後にするから」。
その答えに、私の思考は一瞬止まってしまい、言っている意味を理解するまでの時間がしばらくかかりました。最後にラブホテルって?
息子が言ったことの真意がわかってからは、うろたえてしまい、そんなことを聞けるわけない、昨日が最後、やっていけないことをやっている、これらを繰り返し言い続けていました。
しかし、「ママ、お願いだから」という息子に、返答をあやふやにしたのは私でした。

返答をあやふやのままにして、12月を迎えてしまいました。
月が替わってからは、夫が帰ってくる仕度、といっても送られて来る衣類の洗濯と整理や新しいベッドカバー等の買い物がほとんどで、衣類以外の送られて来た書籍や書類等は箱を積み重ねたまま。
そんな雑務に没頭していることで、息子からの「お願い」を忘れていたかったのだと思います。

そして、やっと夫の約2年5ヵ月の海外赴任が終了しました。
夫が戻ってきて迎えたお正月は、久しぶりにゆったりとした時間で過ごせました。
息子を入れた3人で、夫の不在中に何事もなかったように、赴任する前の親子に戻れた気がします。息子の背は、かなり伸びていますが。

しかし、夫が会社に、息子は学校へと行くようになって、私の頭から「お願い」が消えかかろうとしていた1月末、今思うと当然に、でも、その時は突然に、そのお願いが再び息子の口から出たのです。
やはり息子は忘れていませんでした。

その日は、夫が新年会で帰宅が遅くなる、という金曜日でした。
夕食後の洗い物の時です。「ママ」と呼ぶ声があり、両手がふさがっているのですぐに振り向けないでいたところ、背後の息子から包み込まれるように抱きすくめられたのです。
その手はしっかりと、私の胸を服の上から押えるように触っています。

「ママ、忘れてないよね」。
肩越しの声だけで、息子の顔は見えません。
そんな息子に一瞬怖さを感じました。
やはり、前回の出来事が、わたしの心に何かを刷り込んだのでしょうか。
何度も何度も過ちを繰り返す母親は、最後にする、という言葉を信じて息子のお願いに応じてしまったのでした。

それは、翌日土曜日。
夫は会社の同僚と新年初のゴルフで、朝早く出かけました。
息子はそれを知った上でのことだったようです。
私は、ありえないとは思いましたが、万が一にも知っている人に会わないようにと、郊外のホテルをネットで探し、午前中の早い時間に家を出ました。

車内の息子はまるで遊びにでも行くような様子で、口数が自然と少なくなる私と違い、はしゃいでいた気がします。
ラブホテルに入ったのは、カルチャー・センターのオーナーの時を除くと、何年も前に夫と入った時以来で、自分で初めてやるキーの受取りや受取りと同時に行うカードでの精算に手間取ってしまい、他の人と重なってしまうのではないかという気の焦りがあって、余計慌てふためきました。

やっとの思いで部屋に入りホッとした後で、息子が最初にとった行動は、部屋の中を見て回ることで、私もつられて見て回りましたが、特にバスルームでは、その広さとバスタブの大きさに驚き、さらに、ベッドは円形で枕元には操作パネルがあって、ベッドが振動するボタンもあり、息子の表情が好奇に満ちて幼い子供のようでした。

しかし、それも束の間、「じゃあママ、約束だよ、僕の言う通りにして」と息子。
何を言ってるの?と話をあらためて聞くと、本当に最後になるのなら、と首を縦に振った後、「すべて僕の言う通りにして」にまで首を振ってしまったらしいのです。
すでにホテルの部屋の中。
正直怖いとも思いましたが、その時の私は開き直っていました。

「ママが嫌と言うことはしないで」と固く約束させ、息子に従うことにしました。
その最初の指示が「服を全部脱いで」。
やっぱり、と言う気持ちで脱ぎ始めましたが、息子はその私の様子を見るわけでもなく、操作パネルの脇にある小さいバスケットに入った白い紙の袋を手に取り、「何?これ」と言いながら中をのぞき込んでいます。

すると、「えっ!これって置いてるんだ」と言うので、私も並んで見てみるとそれはコンドームでした。
即座に頭に浮かんだのは、避妊でした。
少しためらいながら、「ねぇ、今日はこれをつけて」と、どんな反応を示すかわからないまま口に出してみると、あっさり「わかった」と言う返事。

紙袋から出した小さな袋をさらに破り、中から出したコンドームをしげしげと見ています。
初めて見たのかしら、と息子の顔を見ると、「ママ、全部脱いで」と私がたしなめられてしまいました。

最後の2枚、ブラとパンティだけとなり、動きを止めた私でしたが、ベッドで横たわり私をじっと見ている息子に無言の圧力を感じ、母親と女を区切っている一線を飛び越え全てを脱ぎ去りました。
息子はじっと私を見つめたままです。

今回の告白は、息子が中学2年の1月の出来事です。ここで告白を始めたのがその年の3月、そして、今の息子は高校1年。
時間の経過って早いものですね。小学生のときのちょっとした過ちが、ここで告白するようなことにつながってしまい、告白する出来事はまだ現在も続いているのですから。

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